2004


10月31日(日)

西洋社会でハロウィーンとして知られる本日は、死者の霊が親族の元を訪れたり、悪霊が子供をさらったり家畜に害をなす日とされ、まぁ日本で言う所のお盆みたいな日である。この日、アルジャジーラではビンラディン氏の911やらアメリカ大統領選に関わる声明が流され、またバクダッドでは日本人人質の頭部切断死体が発見され、24才の若者は最悪の結果と共にやがて日本に搬送され親族の元に帰ることになってしまった。遺体には銃で撃たれたような形跡はなく、死因は頭部切断だと言うから、生きている状態で、これまでの犠牲者と同じように、いきなり刀で首を落とされたものと見られている。残酷だ。実に無慈悲だ。
そもそも今回の事件の意味ってなんだろう。たぶん多数決を取ると、前回の人質事件の顛末があまりにもお粗末だったこともあり、自業自得的な論調となるのは致し方ない。個人的にもこの見方に属する。しかしながら、根本的な「なぜ」を考えると、事態はもっと複雑で、なぜ犠牲者の遺体は星条旗に包まれていたのかにすべてが集約されている。ビンラディンの声明では、一見ブッシュ批判が繰り返されていたが、裏を返せばすべての権力者やテロリストはそれぞれの「都合」を優先させているだけであって、アラブ社会もアメリカもブッシュが大統領でいる方が都合が良いと考える人々が、思った以上に多いという事なのだ。旧ソ連を失って以来、世界戦争状態が続いた方が都合がいい人々にとって、今の状態は理想的と言える。今週は今後の世界の在り方を占う上で、外す事の出来ない重要なイベントであるアメリカ大統領選が始まる。一瞬たりとも目が離さない。

10月30日(土)

朝からどんより天気が悪い。あ、雨が降って来た。あ、今日は昼の仕事が休みだ。あ、天気悪いからちょっとだけプランを練っていた動物園にも行けないよね。あ、ああああ実家にでも帰るか。
今朝はロンドン在住のおともだちAmiiから、メールで巣鴨地蔵通り商店街でのスナップが送られて来た。Thanks. ロンドンの冬は既にしけしけだそうで、週末にクラブでも行かなきゃやってられないらしい。
そして、テレビをつけるとイラクでまたもや無防備な若者が拉致され、もしかすると既に殺害されたかもしれないというニュースが流れていた。当初から前回の質事件とは拉致相手の質が違うと報道され、救出は絶望的と見られていたが、形としてその通りとなってしまったのだろうか。ジャーナリストでもNGOでも、今の若い子たちの行動にはセルフディフェンスが伴っていないのが実に気になる。たった一人で戦時中のバクダッドに行って、いかにも非イラク人だとわかるような出で立ちでウロつけば、どうなるのかは想像するに容易い。今回の被害者がそうだったのか、ニュースをよく読んでいないのでわからないが、とにかくこの手の事件はまだまだ続きそう。ビンラディンらしき人物のビデオ映像も再び流され、アメリカ大統領選を目前に控え、不穏な空気がそこかしこに流れ始めた。

10月29日(金)

大塚に戻ってからのニコちゃんとは、実はあまり接していない。本当は一緒に遊んだり抱っこしたり出掛けたりお風呂入れたりしたいのだが、仕事から戻ると既に眠っている事が多く、day by dayでぐんぐん成長していくドラマティックな時期に一緒にいられないのは寂しい。と言いつつも、このように稼げるのも今がピークで、妻が働き始めると、今以上に家事+育児を分担しなければならないので、朝から晩まで仕事しているわけにはいかない。パパは単に黙々と働き、給料さえ貰ってくればそれでいいのよいが日本の風潮かもしれないが、ウチはアメリカ帰りだからね。ビバブッシュだからね(嘘)
夜遅くに、ニューヨークからのおともだちで現大田区在住ファファの恋人ことミセスKmnから久し振りに電話があり、相変わらず多忙な毎日を過ごしている事を知る。彼女は2児(野獣)の母で、野獣の大きい方は既に10才だなんて驚きだ。NYの駐在員妻時代に野獣たちに接した時は、まだ3、4才のもやしっ子だったというのに、お子の成長と言うのは早いもんだよ。今ではサッカーチームでボランチやセンターバックとして大活躍なのだという。今度クリスマスパーティー企画しますから、是非お子様と一緒に遊びにいらして、また、ファファにグルーミングをしてあげてね。

10月28日(木)

18日以来群馬県に帰郷していた、妻とニコちゃんを迎えに、そぼ降る雨の中、新潟方面へは行けない、いつもと違う80キロ制限の関越道を、100キロくらいでひた走り、約1時間半で当地に到着。ほとんど10日も会わないとどんな感じなのか楽しみだったが、夕刻のニコちゃんは、いきなり自分を見るなり半べそ状態。。。目も合わせてくれない。。。くっ、これはもしかしなくても立派な「人見知り」。あああついに恐れていた現実が目の前に。そしてもう1人の赤ちゃんはお座りが出来る状態まで成長しなはり、時折奇声を上げながらプルプルしたり意味不明。試しに抱っこしてみたら、やはり泣いた。嫌われ者である。妻は日々夢のような食生活+健康的な過ごし方をしているからか、血色も良く元気そう。自分1人が目の下にクマを作り惨めだ。
次の日までには、どうやら人見知りもおさまり、取りあえずはほっとする。そう言えば、中越で震度6弱の余震があり、お隣群馬では震度5弱の揺れを観測。これまで東京で体感していた種類とは異なる、真下から突き上げるような嫌な感じの揺れで怖かった。午後になって、土砂崩れで埋まっていたワゴン車から4日ぶりに男の子が救出されたニュースもあり、とにかく早く地震よ収まってください。これ以上、犠牲者が増えない事をただ祈るのみの今日この頃。

10月25日(月)

昨日から揺れ続ける中越、孤立する山村、降り始めた雨。。。一日も早い被災地の復興のただただ祈るのみ。そしてこれ以上大きな余震が起こらないように願っている(今朝もけっこうビックリした)
現在、震源地にほど近い群馬県で、凛々しいのか、おっちゃん顔なのか、本当におっちゃん関係なのかよくわからない2週間年下のバディと共に、賑やかな田舎暮らしをしているニコちゃん。赤ちゃん同士って本当に見ていて面白いらしく、毎日がギャクの連続らしい。この申年生まれの2人だが、互いに気が強いので、おもちゃの奪い合いで幾度となく泣き、叫び、大騒ぎなんだそうだ。そうかと思ったら、2人で意味不明だが、いちおう仲良くお話ししているそうで、ニコちゃんが「ダイダイダイ」と言えばコウちゃんが「アウアウアウ」みたいな感じで、ちゃんと会話のキャッチボールが成立しているらしい。ああ早く関越道を時速120キロで飛ばして、キミたちに会いに行きたい。キミたちがいなくなってからと言うもの、正直猫兄弟は楽しそうだけど、ああああああもう赤ちゃんのいない生活なんて、クリープを入れないコーヒーと同じで、おれとしては味気ないぞ。I seriously miss you guys ;-)

10月23日(土)

怖い! コワイコワイコワイ。歳も性別も関係ない。地震は誰が何を言おうと怖い。震源地はまだ東京からは離れているものの、23区にいてもハッキリと体感できる規模の揺れが続いている。新潟では徐々に被害が広まっている模様で、テレビではひっきりなしに道路の亀裂や崩れた外壁なんかの映像が流れている。現在、妻とニコちゃんは震源地にほど近い群馬県に滞在中なので、ここら辺よりも、もう1ランク激しい震度5くらいの揺れに頻繁に襲われ心底恐怖におののいていると先ほど話したところだ。現在頻繁に起こっているのは余震に違いないが、今後、震源地付近に留まらず、プレートにのっかてるご近所でも大きな余震が起こる可能性もあるとの事で、しばらくは余談を許さぬ状況だ。日本に暮らす限り、地震の恐怖とは仲良く同居せねばならないが、今思えばニューヨークはいろいろ問題あったけど、地震はないので住みやすかった。テロも確かに怖いが、大地が突然揺れるのは、理屈抜きでもっと怖い。
最初の 揺れの後。テレビをつけ、2度目の大きな揺れが起こった後に、クローゼットから防災リュックと、避難用猫キャリングバッグを取り出し、もしもの場合に備えた。ちゃんと着替え、靴下も履き、防寒用のウーリッチのジャケットもスタンバイ。地震の間、猫兄弟は非常に鈍感なのか、2匹ともずーっと寝ていたが、キャリングバッグを発見した途端、どこかあまり好ましくない場所(例えば病院とか)に連れて行かれるのではないかと思ったのか、突然ビビっていらっしゃったが、おまえら地震で驚きなさい。とにかく、これ以上もう起こらないでください、せめて今夜は。地の神よ静まり賜えへ!

10月21日(木)

今日も戻るとひとりぼっち。猫兄弟はふたねこぼっち。いつものようにゲロがひとつ。リビングにこじんまりと吐いてある。戻ってすぐにそれらを片付け、ついでに猫砂を清掃し、小田急のデパ地下で閉店間際に安値で仕入れたちらし寿司(シャケとイクラとトビコ)を食す。ニュースを観ると、台風の爪痕関連や、忌まわしいレッドソックスの逆転勝利など、気の滅入るニュースばかりやっているので観ず、お風呂をためて小1時間ほどゆっくり暖まった。
3年前の今日、思い起こせば我々夫婦は、誰もいないサウスストリートシーポートのデッキチェアに寝転がって、イーストリバー を血相変えてパトロールする警備艇を眺めていた。ブッシャメリーカはアフガンに爆弾を落とし始め、ニューヨーク全体が極度に緊張を強いられていた頃だ。この期間、人生の優先順位を改めて見直し、家族と共に、いつまでも仲良く、平凡でもバランスの取れた平和な暮らしぶりを第一に望んだことを思い出す。人を欺かず、迷惑をかけず、煽らずナチュラルに人間らしく自分らしく生きたいと心底思えた。それもこれも、ニューヨークには炭疽菌がバラまかれるとか、既にダーティボム(核爆弾)が持ち込まれているとか、生命をも脅かすような噂が、公然とまことしやかに語られていたせいもあるだろう。でも、3年経って周りを見渡してみれば、その願いは導入部である意味成就し、悪くない方向に向かっていると思える。このまま人生行路を忍耐強く進むべし、まだまだ大波小波あることだろうし。

10月20日(水)

台風23号が今しがた高知県に上陸した。この後、近畿、東海を抜け、今夜にかけて東京にもやって来るらしい。秋雨前線が台風に刺激され馬鹿みたいに活発になり、昨日から降り始めた雨は増々激しくなっている。東京都豊島区大塚にも既にかなりの量の雨が降り、そして、今日は休みだ。どこにも行けない。
でも、台風には寿命がある。いつまでも暴風雨は続かない。明日の昼頃には台風一過で清々しい秋晴れが戻り、フェーン現象で暖かな日となることだろう。台風に限って言えば、南海で次々と生まれ厄介者として生き、多くの人々やツキノワグマとかに迷惑をかけた挙げ句、三陸沖で温帯低気圧として消滅して行く繰り返し。これと同じくして、人間にだって寿命があり、さまざまな生き様がある。古の昔から人々は不老不死を願うけど、それが叶うことはない。ギネスブックに載るような長寿さんも結局は寿命には勝てない。今年生まれる命もあれば、この世から消え去る命もある。このZuccaの青いデジタルウォッチだって、いつまでも青くはないだろう。形あるものはいつか必ず壊れるのが真理だ。
人間は長生きする生物だけど、その身体は意外なほどに脆い。でもね、やっぱりそのスピリッツは永遠なんだなとこの所よく考える。大切であればあるほど、自分の中に存在する数々の記憶、印象、言い表せないような感情や尊敬の念。。。そういったものには時限がなく、どれもが掛け替えがないものだから、物質的なものより大切にしなければと思う。だからどうか「その日」をあまり悲しまないで、笑顔で送り出してあげようね。

10月19日(火)

妻と娘と義妹が荷物をまとめて実家に戻ってからと言うもの、残された猫兄弟と自分は違った意味で拍子抜けして暮らしている。コイは昼間誰もいないので、とても寂しいに違いないが、と同時にいつも自分を追いかけ回すやんちゃな赤子がいなくなったので、ここぞとばかりに思い切り眠っている。しかも、ニコちゃんのヒッポ様椅子の上で、気持ち良さそうに丸まっていつまでも動こうとしない。ファファは、別に変わった様子はうかがえないが、毎日天気が悪く気温も下がったので、夜眠る時は寝室までやってきて傍らで眠っていらっしゃる。遅くに仕事から戻ると、一昨日はなし、昨日は1個ゲロがしてあった。
で、自分はと言うと、なんだか不思議な気分だ。家に自分しか人間がいないという状況はかなり久し振りで、妻が産褥時代にウチの実家で寝泊まりしていた時以来。しかし、その頃と大きく異なる点は、これ、忘れていた感覚なのだが、夜「音」を気にしないで行動出来るのが実に新鮮ってこと。ニコちゃんがファミリーメンバーに加わってからと言うもの、仕事から戻ると既に眠っていることが多く、起こしちゃいけないと、なにもかもボリュームダウンして暮らすのがあたりまえとなっていた。妻と娘がいなくなってから、夜の寝室とリビングとキッチンとトイレなんかを行ったり来たり、また、寝室の電気を意味もなく点けたり消したり、大きめの音でテレビを観てみたり、MacのiTunesで"音出して"音楽聞いてみたり、また、10時頃、猫兄弟が散らかした猫砂を掃除機で吸い取ってみたり、わざわざガシャガシャやっているような気も。。。つまり、1人きりの家は思った以上に広く静かで、そして寂しい。

10月16日(土)

最近のニコちゃんは、どうやら言語中枢がより発達し始めたのか、あーとかうーとか、叫びとか、そういう類いのものに加え、「い」をハッキリ発音出来るようになった。これ、本人嬉しくてたまらないらしく、いつまでも「ダイダイダイダイダイダイダイ」とかケタケタ笑いながら繰り返している。ああキミってとことんハッピーベビー。
今日は実家に戻ったのだが、地元で有名な日光街道松並木では市をあげてのお祭りが開かれていて、我々も家族で出掛け、立ち並ぶ屋台でいろいろ食した。鮎の塩焼き、からみ餅にあんころ餅、玉おでん、焼きそば、大阪焼き、ゲソ焼き、ハラミBBQ、ケバブ、焼きたて草加煎餅等々、ああ満喫(と言うか、食い過ぎ)。基本的にハッピーだったが、同時にあまりハッピーではない状況もあり、手放しではリラックスで出来ない。。。まるで今日の天気みたいな複雑な気持ちだ。と言うのも、突然ではあるが、明後日から妻とニコちゃんは群馬のおばあちゃんのおウチに帰る事になった。ニコちゃんから見れば曾ばあの具合があまり良くない為だ。これに関連し、月末に既に段取り終了していた、石垣島/西表島の家族揃って旅行も取りやめる事となり、慌てて各方面にキャンセル手続きを行った。かなり楽しみにしていたのだけれど、こればっかりは仕方ない。でも、父に石垣島のきれいな海も見せたかったし、少し複雑。

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